畜産奨励

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 亀田村が畜産奨励、家畜増殖に意を用いてきた歴史をひもとくまでもなく、農産業と畜産振興とは村の発展の基盤をなしてきたもので、古い記録の中にも産馬奨励のことが残っている。明治・大正時代の新聞記録からその二、三を拾ってみると、次のような雑報が載っている。
 
○明治十三年六月十三日付函館新聞
  「昨日は旧五月の節句に付亀田村にて旧例により近在より寄り聚(つど)うての競馬(うまかけ)を催し、隨分賑はひしという。」
 
○明治四十二年四月二十日付函館毎日新聞
  「産馬奨励金交付、馬政局より本道に向け産馬奨励規定により、四十一年度に於て交付されたるは、種牡馬二十二頭雌馬二十四頭にして其の持主及び金額は左の如し。
  石川農場長 石川錦一郎(百円)  園田農場 園田 実徳(八十円)」
 
○大正九年四月二十九日付函館毎日新聞
  「亀田畜産市場開設、畜産市場開設の件は二十四日(四月)付を以て許可となり、来る七月十二、十三日亀田村大宇桔梗村園田牧場構内に於て開場する由、出場予定数は牛五十頭、馬百頭にして時間は毎日午前九時より午後四時迄なりと。」
 
 終戦後、平和産業への切替えとなり、農業経営の合理化、産業基盤の整備、家畜の改良増殖等村勢復興に努力がなされるなかで、村の畜産体制も整備されてきたのであるが、さきにも挙げてあるとおり、昭和二十四年末の家畜飼育状況は牛六七頭、馬一、〇〇四頭、二十六年八月は、牛九〇頭、馬一、一〇〇頭と増加をみ、三十一年九月に至っては牛二〇三頭、馬一、一二四頭と急激な増産をみている。
 このように畜産振興にあずかって力のあった奨励施策の中で「家畜品評会」の催しは、重要な行事であって、優良家畜の飼育に大いに役立っていることを見逃すわけには行かない。村で行われてきた家畜品評会(畜産共進会とも称した)のうちから幾つかを取り上げ、その状況を記録すると次のようになっている。