多くの父母は通学区域の変更を嫌って容易に承知しない。慣れた学校、伝統のある学校を好むのは人情であり、新設の学校を好まない。しかし、社会増地帯の場合、大乗的見地から、転校を依頼し、その承諾を得て、新設校の誕生育成に協力を得ることができた。いわば社会増の市民にとって宿命的な問題であり、好むと好まざるとにかかわらず避けられない問題である。子どもの幸せを祈念し、新しく誕生する学校に若い父母が協力する姿は尊いことであり、やがておちついた学校環境となり、父母の努力によって築いた学校が、親愛の中心となることであろう。
新設小学校通学区設定についての、地区別懇談会は九月十八日から二十日まで、赤川小学校や福祉センターにおいて開催、了解を得て次のように父母に通知した。
「新設小学校の通学区は、昭和五十年度以降赤川通町の全域になりますが、校舎が年次計画に基づいて逐次整備されて行くため、子どもの通学は次のようになります。昭和四十八年度および四十九年度は、現在鍛神小学校に通学している赤川通町の全児童並びに赤川通町から入学する新一年の児童で学級編制をします(各学年二学級として全校で一二学級)。ただし、校舎建築の都合で四月から新校舎に通学するのは、四十八年度の一年、二年、六年の三学年の児童で、残りの三年、四年、五年の三学年の児童は、四十八年度分の工事が完了するまで、しばらくの間鍛神小学校の中におかれる中央小学校の分教場に通学することになります。
二つの学校に児童が分れた形で不自由をかけると思いますが、運動会、学芸会などの学校行事、PTA活動、児童会活動などは、なるべく全校を統一した形で運営できるよう配慮する考えですから、事情ご賢察の上ご了承願います。(後略)」