銭亀沢編の発刊経緯と編集方針

 / 521ページ
 この「銭亀沢編」は、その名称から分かるように「通説編」とは若干性格を異にする。「通説編」とは別に本巻を編むに至った経緯については、すでに『地域史研究 はこだて』第一九号で記したところであるが、本巻の性格上、まず最初に再度「銭亀沢編」なるものを編むにいたった経緯について簡単に触れておきたい。
 現在の函館市の市域は、大略函館市と旧湯川町(昭和十四年)・旧銭亀沢村(昭和四十一年)・旧亀田市(昭和四十八年)の合併によって成立したものであるが、現在進行中の函館市史の編さん事業は、昭和四十五年から着手されたため、この事業が開始された当時は、まだ亀田市(当時は亀田町)と函館市の合併をみていなかった。
 亀田市は、昭和三十七年亀田村から亀田町へ、次いで昭和四十六年亀田市となった道内三二番目の市である。同市は、昭和四十八年に市史編さん事業を開始したが、同年十二月一日、函館市と合併したため、亀田市史編さん事業も函館市史編さん事業の中に吸収され、『函館市史』の別巻「亀田市編」として刊行されることとなった(昭和五十三年発刊)。
 こうしたなかで、昭和四十九年、旧銭亀沢村地域に、銭亀沢郷土資料保存会が発足し、同年十月、同保存会が函館市長と函館市議会議長に対し、「旧銭亀沢村の村史」編纂に関する陳情書を提出した。同陳情書には、「昨年合併した亀田市に於いても継続して市史の編纂がすすめられていることでもあり、是非共銭亀沢村の村史の編纂のために充分なる御配慮をいただきたい」とあった。
 その後、函館市議会総務常任委員会がこの件について審議を重ね、昭和五十年三月、同委員会が右の陳情書を満場一致で採択し、市に対し、『函館市史』の「別巻」として刊行するよう要請した。市は、これを受けて、翌五十一年四月、「銭亀沢村編(仮称)」を「別巻」として刊行することを正式に決定し、その作業を市史編さん室(当時は、市史編さん事務局)で行うこととなった。以上が「銭亀沢編」を編むに至った歴史的経緯である。
 市史編さん室では、右の件が決定して以来、「銭亀沢村編(仮称)」をどのようなものとして編集すべきかさまざまな角度から幾度となく検討を重ねた結果、最終的に、本巻の名称を「銭亀沢編」とするとともに、後述のような編集方針をとることとした。その主な理由は次の諸点にある。
 (1)、『函館市史』の「通説編」は、現在の市域全体を対象としているため、旧銭亀沢村の歴史を独立したものとして編めば、「通説編」の内容と重複する部分が生じるだけでなく、『市史』としての体裁の上でも問題が生じること。
 (2)、しかし、「通説編」は、“都市”としての函館の歴史の特性を浮き彫りにすることに重点を置いているため、同じ市域ではあるが、“漁村”としての旧銭亀沢村地域の歴史的特性を記述しきれない、という側面が生じること。
 (3)、同地域は、単に“漁村”というだけでなく、歴史的に対岸の青森県、とりわけ旧盛岡藩領との関係が深い地域であり、それだけに、「通説編」では詳細に記述しきれない同地域の歴史的・社会的特性を解明することは、学術的にも大きな価値を有していること。
 こうした理由から、この「銭亀沢編」の編集にあたっては、思い切って次のような方針をとることとした。
 ①、同地域の自然・地理的環境の特徴、遺跡の発掘成果に基づく先史時代の特徴、中世・近世・近現代の歴史的特徴をおさえたうえで、“地域”それ自体の歴史的特徴を、「内」と「外」(津軽海峡文化圏や函館市街部との相互関連)の両面から明らかにする。②、生業の中心は漁業にあるため、漁業・漁村構造の変容過程を明らかにする。③、社会集団のあり方に目を向け、その内部構造と変容過程を明らかにする。④、住民の生活史(衣・食・住、年中行事、人生儀礼、口承文芸など)を可能な限り明らかにする。⑤、以上の課題にアプローチするためには、文書・記録類の史料のみでは不十分であるため、聞き取り作業を含めた民俗学的方法を積極的に導入し、全体として、函館市域における漁村地域の歴史・民俗編という性格をもつものとして編集する。
 以上がその主要な点であるが、右のような内容の歴史書を「通説編」の編集と並行しながら編むためには、「通説編」担当のスタッフのみでは不可能であり、かつ早急に聞き取り調査を開始しなければならないため、新たに本巻担当のスタッフを編成し、平成四年度より銭亀沢地区住民の積極的な協力を得ながら作業を進めてきた。また、我々にとって、こうした歴史書の編集は、初めての経験であり、そのため、我々がどのようなことを調査し、どのような成果を得たのかを広く市民に知っていただき、市民から適切な批判と助言をいただくことが極めて大切との認識から、その調査・研究成果を逐次『地域史研究 はこだて』に掲載しつつ、それを土台としながら本巻の編集を進めてきた次第である。
 こうしてできあがったのが本書である。不十分なところが多々あろうかと思いますが、本書が函館市域に含まれる銭亀沢地区の地域的・歴史的特徴を理解するための一助となれば幸いである。
 最後に、史料調査や聞き取り調査に積極的に協力して下さった銭亀沢地区の住民の皆さんを初め、色々ご助言を与えて下さった多くの市内外の皆さんに心から感謝申し上げます。
            函館市史編集長 榎森 進