漁業者の認識を調査する意義

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 現在、日本の自然海岸線は四六パーセントにまで減少し、この二〇年間で約一〇パーセントが人工海岸や半自然海岸に改変された。その原因として都市部における埋め立てや港湾整備だけでなく、地方での海岸侵食防止や漁港整備なども無視できない。日本有数の豊かな自然を誇る道南にあって、自然海岸線の維持・保護は観光資源としての景観だけでなく、水産業をはじめとする食料生産の維持、向上の点からも重要である。
 内湾や岩礁海岸の浅海は、海洋で最も生産力の高い好漁場であるとともに、そこに発達する海藻群落は藻場と呼ばれ、水産生物の産卵場や成育場でもある。このような浅海は埋め立てや施設の設置が容易であったため、すでにその多くが失われている。
 また、沿岸生物に影響を与える自然の改変は海岸線に限らない。海岸の内陸に広がる陸地や河川流域の環境も重要である。市街地、工場、下水処理施設、産業廃棄物処分場などの都市環境に限らず、農地、畜産施設、荒廃した森林や草地などからも汚染物質や懸濁物(けんだくぶつ)が河川水とともに沿岸に運ばれ、沿岸生物に大きな影響を与えていると考えられる。
 加えて、種苗放流など水産増殖事業による生態系の攪乱もあるため、人為的環境改変の影響は必ずしも明示的、予告的に現れるとは限らない。もともと生態系は複雑で、小さな環境変化には緩衝作用をもつが、ある限界を超えると崩壊的変化を起こすことが知られている。我々が水産資源として活用する生物も生態系の一員であり、種苗放流などで増殖を試みても、その生産力は自然生態系の限界を越えるものではない。そのような限界を知り、生態系崩壊のわずかな前兆を認知することは水産上重要である。
 また、現在活用されている資源のみならず、未開拓の食糧・エネルギーなど産業的遺伝子資源として、我国の各地域に固有な生態系を保存することが世界的に求められている。そのため、沿岸生物の現状を過去と比較しながら把握し、その変化を詳細に記録することが欠かせない。そのような情報を提供してくれる人びとは沿岸住民であり、とりわけ沿岸自然を生業とする漁業者に大きな期待がもたれる。彼らの自然・生物認識は現在起こりつつある沿岸自然の変化を鋭く反映するバロメーターともいえるものであり、彼らの考えに耳を傾けることは、我々が享受した豊かな自然を未来に残すためにも意味あることと考えられる。