銭亀沢では「たつも」という海藻がある。これはホンダワラ類につけられた総称と思われる。銭亀沢にはウガノモク、フシスジモクなど、長さ数メートル以上に達する大型ホンダワラ類が分布している。漁業者は両者を明確に区別していないようだが、わずかながら「たつも」には二種類があることを承知している人もいる。ウガノモクは枝の上部末端にできる気泡が三から六個連続した念珠状となっているが、フシスジモクの気泡はほぼ球形で一個のみであるから、容易に区別できる。ホンダワラ類の葉体にはいたるところに気泡の袋があり、浮力がはたらくため、水中に立ち上がるようになるので、水中に「立つ藻」という意味から「たつも」と呼ばれるようである。干潮時に葉体が水面にまで浮き上がり、大群落では水面全体を占領する。このような場所に漁船が入り込むと、水中の視界が妨げられ、ウニ漁やコンブ漁の邪魔になるだけでなく、オールや船外機のプロペラにからまって難儀することになる。
ホンダワラ類は秋に盤状の根を残して枯れ落ち、冬から春夏にかけて大きく成長する。そのため「たつも」の発生が多い年には、冬から春のウニ漁、夏のコンブ漁の直前に、「たつも刈り」と称するホンダワラ類の除去作業にあたる。しかしながら、ホンダワラ類は葉体を取り除いても盤状の根が岩盤に残り、完全に除去することは難しい。残った根から藻体が再生してくる。このようなしぶとい性質と、何の用途もないことから、まことに厄介でどうしようもない、漁師泣かせの「たつも」というわけである。
しかし、人間にとって嫌われものでも、海の生物にとっては重要な役割を果たしている。ホンダワラ類は大型で複雑な葉体をもつため、小型付着動物にとって恰好の生息場所となる。さらに、そのような付着動物をねらってウミタナゴなどの小型魚類などがたくさん集まる。このような「たつも原」は、アイナメ、ホッケ、カジカ類など水産上有用な魚類にとっての産卵場、稚魚の成育場となっている。これらが波でちぎれて沖合に達した「流れ藻」には、サンマやブリなどの回遊魚が産卵し、これもまた稚魚の成育場になっている。宇賀の「たつも」はいわば「魚のゆりかご」なのである。
また、ウガノモクの和名の由来にもいきさつがある。ウガノモクのウガは「宇賀」、つまり函館から東の汐首岬までの海岸を指すようで、学名の『ロメンタリア ハコダテンシス』の名称に函館の地名が読み取れる。つまり、ウガノモクの本場はまさに銭亀沢なのである。