ハザードマップには様々な研究の成果を記し、専門的な用語や事柄も書いてある。火山学的マップ(あるいは学術マップ)、学術マップに基づいて行政はどういう対応をしたらよいかを示した行政資料型マップ、さらに住民が理解しやすいように簡約して実際に住民へ配布することを目的とした住民啓発型マップがある。これらの内容、すなわち噴火災害の危険性を事前に把握しておくことで、様々な災害対策を実施するなど、災害への準備ができて噴火災害の軽減につながる。水害や土砂災害などに関する災害予測図はすでに各災害対策に効果が出ている(国土庁、1992)。今回作成された荒井(1998)のハザードマップは、この中で学術マップに属するものであり、住民啓発型マップの作成には至らなかった。
ハザードマップの有効性は幾つもの火山噴火によって実証されている。例えば、1983年のチョロ山(インドネシア)噴火は、火山観測所もない島でありながら、わずか4年前に作成されたハザードマップおよび明瞭な前兆地震があったために、島の8割が被災する中、死傷者は出なかった。また、1994年ラバウル火山(パプアニューギニア)噴火でも、簡潔明瞭な噴火避難計画図が広報されていたために7万人の住民が一夜で安全な場所に避難し、犠牲者はわずか5人に留まった。(Kerr、1994、宇井、1997)。一方で、ハザードマップが活用されていれば災害を軽減できたのに、と言うことで知られる火山噴火もある。代表的なものは1985年ネバド・デル・ルイス火山(コロンビア)噴火に伴う融雪泥流が発生し、噴火口から50キロメートルも離れている山麓の街を埋めて2万4千740人死者行方不明者が出た。事前に流路も危険範囲も実際の災害にほぼ一致した、精度の高いハザードマップが作られており、直前に避難命令が出されはしたものの、情報の伝達が不十分であったために最悪の事態に至った。このようにハザードマップを作成し、その広報が徹底されている場所では、多くの人命を噴火災害の危険から回避することに成功しており、ハザードマップの有効性が示されている。
災害予測を行う際、対象とする火山の噴火活動の規則性(サイクル)が判っている場合には、その最新の1サイクルを中心にすれば十分であろう。恵山の場合、元村噴火以降がひとつのサイクルを表していると述べた(図3.18)。しかし、そのひとつまえのサイクルまで遡って見た場合、元村噴火は噴出量の点で、他の噴火に比してやや突出している。
そこで恵山で確認できる噴火堆積物の噴出量と、おおよその噴火年代を基にした噴火頻度を考慮にいれた。そこで、災害予測に用いる資料としては、時代的にあまり古くなり過ぎない範囲で、噴火規模や噴火現象に時間空間的な偏りが少ないと考えられる、スカイ沢火砕流堆積物以降を対象にした。