津軽海峡東口では、2月から8月頃にかけて、この海域に流入する低温低塩分な親潮系変質水(親潮系水)と、高温高塩分な津軽暖流水との間の表面にフロントを形成している。特に、2月、3月には親潮系変質水(親潮系水)の勢力が強く、また水温、塩分ともにその特性が両水塊の間で大きく異なるため、フロントが最も明瞭に現れる。このフロントは津軽暖流水の流れの勢力の増加とともに北海道側に押しやられ、またその強度も徐々に小さくなり、その後津軽暖流水が中層以浅の断面を覆うようになる10月以降は消滅する。
季節変動とは別に、フロントは潮汐や風、そして時化などの影響により短期変動も起きていると思われる。しかし短周期の変動はあっても、基本的には上に述べたように周年、季節変動をしていると推定される。
8月から1月にかけて表面のフロントと入れ替わるように、北海道寄りの陸棚部の海底に底層フロントが形成される。このフロントは親潮系変質水と津軽暖流水とが混合した水(相対的に低温低塩分水)と津軽暖流水の間に形成されていた。この低温低塩分水は、津軽暖流水より密度が大きいにもかかわらず、フロント域を形成する2つの水塊にかかる重力とコリオリの力のバランスにより、海底斜面を滑り落ちることなく陸棚上に留まっている。
底層フロントを形成する低温低塩分水とは別に、観測点310の最深部にも低温低塩分の水塊が見られる。この両水塊は、その特性から津軽暖流水と親潮系水の混合によってできたものと思われ、この時期表層を海峡東口から北東方向に拡がる軽い津軽暖流水と、その下に潜り込んでいる親潮系水との間で大規模な混合が起きていることを示唆している。また、海峡深部に冷水性のプランクトンの存在を確認し、海峡東部底層の親潮水の存在を確認することもできた。
一方、栄養塩および溶存酸素、クロロフィル−aに関しても水温や塩分と同様に不連続面が見られたが、春季ブルーミングなどによりその特性は一定していない。しかし、3月の鉛直断面にはフロント域のすぐ南側にクロロフイル−aの高濃度帯が認められ、このことはフロントが生物生産に何らかの影響を与えていることを示唆している。
以上のように、今回の調査により津軽海峡東口に形成されるフロントの構造および季節変動、そしてその形成、消滅機構はある程度解明された。しかし、短周期で起こる変動についてはまだ不明な部分が多く、今後流速計や、水温、塩分などについての連続観測機器を使った調査が望まれる。
また、水試などによって行われている海峡東沖の観測デー夕を整理、解析すれば、海峡の陸棚部および最深部に見られた低温低塩分水の形成機構は明らかになるだろう。
フロント周辺にはよい漁場が形成されると言われている。事実調査期間中表層のフロント周辺に漁船が集まって漁を行っている風景に出くわすことがたびたびあった、という。今回の調査でも、基礎生産力の指標であるクロロフィル−aの集積がフロント周辺に認められたが、これを漁場形成と直接結び付けるまでには至っていない。今後、漁獲データとフロント周辺海域の海洋環境デー夕との関連性を明らかにすることは、漁獲ばかりでなく、漁場を管理する上でも重要であると思われる。
〈文献1〉 渡野辺雅道・三宅秀男、津軽海峡東口におけるフロント構造の季節変動、月刊海洋、1991年8月