(2) 津軽海峡で産卵するヤリイカ

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 ヤリイカ(図7−3)は日本周辺の大陸棚上とその縁辺の沿岸域の底層に広く分布する。しかし北海道では、対馬暖流や津軽暖流の影響を直接受ける海域に分布が限られる。寒冷な親潮域に相当する道東海域には生息しない。北海道のヤリイカは、春季と秋〜冬季で漁獲される群は別であるとする考えや、津軽海峡西口付近を中心として、北部日本海で1つの独立した集団をなしているとする考えがあるが、今のところはっきりした結論は出ていない(〈文献4〉)。これまでヤリイカの回遊は、地先沿岸と沖合の深みを、季節によって深浅移動する規模の小さいものと考えられてきた。しかし最近、津軽海峡東西間での移動もさることながら、本州北部日本海側から道南海域への移動や、道南から道北への移動などが明らかにされ、比較的大きな回遊もすることが分かってきた。
 ヤリイカはスルメイカと違って、沿岸の岩礁域のくぼみの棚に房状の卵のうと呼ばれるカプセルを産み付ける(図7−4)。津軽海峡周辺での産卵期は、およそ12月から5月で、水温が6℃以上の海水が覆っている沿岸で産卵する。その産卵揚は、北海道側では福島から松前、青森側では陸奥湾から日本海の津軽半島沿岸だが、厳冬期に北海道側の沿岸水温が6℃を切るような年には、産卵場は比較的水温の高い青森側に限られ、冬の水温が高い年には北海道側に産卵場ができる。またふ化した幼生の一部は春以降の津軽暖流に乗って、下北半島太平洋側や噴火湾に運ばれて成長し、秋以降に再び日本海側に回遊する。産卵後は雌雄とも死亡するので、寿命はほぼ満1年と推定される。
 平成10年の1月始めまでのように、函館近くの海峡の水温が8℃以上だとヤリイカも海峡にとどまるため、新鮮で比較的安価なヤリイカが店頭に並ぶことになる。また、北海道側の厳冬期の水温が高い年には、産卵場が青森から北海道側へと広がって幼生の発生量と生き残りが増加して、その翌年の豊漁をもたらすと考えられる。平成に入ってからのヤリイカの漁獲量は変動しながらも好転している。これは、昭和後期から進められたヤリイカの産卵のための人工産卵礁の投入と、海洋環境の温暖化がうまくかみ合ったのかもしれない。