はるか南の海の住人である生物、例えばウミヘビの仲間、スズメダイ、ハリセンボン、タチウオ、アオリイカなどが津軽海峡を訪れるが、中でももっともなじみのある魚はイシダイの子どもである。津軽海峡では「シマダイ」と呼ばれるが、彼らも南の海で生まれ、流れ藻などと一緒に暖流に乗ってはるばる北の海を訪れる。しかし、南海での豪快な磯釣りの対象となる大型魚はほとんどいない。暖流に乗って餌を求めて北上し、再び産卵のために南へと戻ってゆく魚はイワシ、クロマグロ、スルメイカなど数多く、いわば日常の生活空間として南北の海を往来している。しかし南からの突然の来訪者は、北国の早い冬の訪れとともに帰り道を絶たれそのまま北の海で死んでしまうとされ、これは「死滅回遊」と呼ばれている。
なぜこのようなことが起きるのか。津軽海峡周辺の海は10月頃までは津軽暖流が太平洋に流れているため、海の中はまだ夏から初秋といえる。しかし晩秋以降には太平洋側では北からの冷たい親潮が三陸に向かつて勢力を拡大して太平洋側からの南への帰り道を絶ち、一方日本海では、冬の北西風が深層の冷たい水を持ち上げて対馬暖流の温かい帰り道を寸断することがある。南の突然の来訪者はふるさとの海に戻れないのだろうか。かつて浅虫の海から標識を付けたイシダイを放流したうちの1尾が、その1週間後に竜飛岬まで移動した記録がある。水の中で確実に訪れてくる冬の気配を感じて、必死に南の海に向かおうとしているようであった。