無条件降伏の日のわずか1(ひと)月後の昭和20年9月15日、文部省は「新日本建設の教育方針」を発表した。これは占領教育政策の具体的な方針や指令が示される以前の、したがって占領軍がなんら関与しなかった、あくまでも日本側の教育方針である。文部省は、占領軍が来れば、これは全てご破算となることが分かっていたが、文部官僚としては、わずか数日の効用であれ「この方針」をつくることにより、軍国主義丸出しの文部行政政策よりも占領軍に対して顔が立つと考えたのであろう。要旨は次のようなものであった。
1、新教育の方針
新事態に即応する教育方針の確立について立案中であるが、今後の教育方針としては、国体の護持を基本とし、軍国的思想及び施策を払拭し、平和国家の建設を目標に掲げ、国民の教養の向上、科学的思考力の涵養、平和愛好の信念の養成などを教育の重点目標とする。
2、教育の体制
教育の戦時体制から平和体制への復帰、学校に於ける軍事教育の全廃及び戦争直結の研究所等を平和的なものに改変する。
3、教科書
新教科書は新教育方針に即応して根本的に改定されるが、さしあたり改正削除すべき部分を指示する。
4、教職員に対する措置
教職員は新事態に即応する教育方針を体して教育に当たることが肝要で、教職員の再教育計画を策定中である。
5、科学教育
功利的打算によらず真理探求に根ざす科学的思考や科学常識を基盤として科学教育を振興する。
6、社会教育
国民道義の昂揚と国民教育の向上を新日本建設の根底として重視し、そのため、成人教育、勤労者教育、家庭教育等、社会教育全般について振興を図り、また、国民文化の興隆について具体的案を研究中である。
7、青少年団体
学徒隊の解散に伴い青少年の共同組織がなくなったので、中央の統制によらず、原則として郷土を中心とする青少年の自発的団体として新たな青少年団体を育成する。
8、宗教
国民の宗教的情操と信仰心を養い新日本建設に資するとともに宗教による国際親善と世界平和を図る。
9、体育
戦時中の疲労を考慮して衛生養護に力点をおいて体位の回復向上につとめ、勤労と教育の調整に重点をおく食糧増産、戦災地復旧等の作業を実施し、明朗な運動競技を奨励し純正なスポーツを復活し、尚運動競技による国際親善を図る。
10、文部省機構の改革
以上の諸方策を実施するため、すでに学徒動員局を廃止し、体育局、科学教育局を新設したがさらに第2次改革を考慮している。
このような方針と対策をもって文部省は教育面の終戦処理に当たる一方、新教育の推進を図った。要するに終戦日以来、決して手を拱ねいて情勢を傍観していたわけではない。占領軍が来るのを見通し、それに先立って手を打ったわけである。問題はこのことがどれくらい功を奏するかであった。このため文部省は、10月15・16日の両日教員養成諸学校長及び地方視学官を中央に招き、つづいて各都道府県ごとに国民学校長、青年学校長を対象とする講習会を開催して新教育方針の普及徹底に努めた。