前にも記したように戦後の日本は、地方の自治が重要視されるようになり、これに伴って各種の権限が地方公共団体に与えられた。しかしなすべき仕事は多いが、財政的な裏付けが無く、戦後の復興費用とともに、地方財政を圧迫することとなり、大部分の地方自治体は赤字財政を余儀なくされるような有様であった。
このような情勢の中で政府は昭和二十九年五月、地方財政平衡交付金制度を地方交付税に改定し、更に地方税制の内容そのものの改正を実施した。すなわち付加価値税を廃止し、道府県民税を復活し、不動産取得税・たばこ消費税・娯楽施設利用税等を設け赤字解消策とし、その後昭和三十年十二月には地方財政再建促進法特別措置法を制定し、地方財政の強化措置が講ぜられることになった。
その他地方自治に大きな影響を与えたものに町村合併問題がある。
昭和二十八年『町村合併促進法』が出され、この法令によって合併されなかった市町村には、更に昭和三十一年『新市町村建設促進法』が出され、強く町村合併の政策が押し進められている。なぜこのような政策が採られたものであろうか。その理由は、戦後新憲法により地方自治権が強化され、警察・消防・教育等の面で地方自治体の果たす役割が非常に大きくなった。しかしこれに見合う財源上の保障は頗る少額であり、地方自治体は赤字財政を余儀なくされるような状況であり、更にドッジラインの設定により、ますます財政困難に陥るような有様であった。このような地方自治を救済するため、占領軍から税制度の改善策である『シャウプ勧告』が出されたが、この中に『財政に弾力性を与えるため、市町村の区域を拡大すべし』という条項があり、この勧告を受けて以後町村合併の促進が行われるようになったのである。