家康引馬城入城

19 ~ 19 / 686ページ
 【懸川城を包囲】十二月十八日、家康は引馬城に入り、二十七日小笠郡不入斗(いりやまず)に陣し、みずから指揮して懸川城にせまり、石川数正は城将朝比奈泰朝と槍をあわせるほどの接戦をしたが、氏真らはよく善戦した。北条氏政は伊豆三島(三島市)に出陣して信玄をけんせいし、また海路懸川に援兵を送った。氏真が開城して懸塚から海路駿河の蒲原(かんばら)へ去ったのは翌十二年五月十七日であるから、攻囲戦は約六か月におよんだのである。この期間に遠江豪族の色わけはほとんどきまるが、武田信玄の行動にさまたげられて態度をきめかねたものも少なくない。