氏政信玄と結ぶ

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 十二月三日北条氏康が死亡すると、その遺言で、氏政は謙信(輝虎)をはなれて信玄とむすぶ。信玄の謀略が成功したとも考えられよう。北条氏も信長を包囲する作戦に加わったことになる。信玄は氏政に対し、小田原にいる今川氏真を殺すことをもとめる。【氏真の脱出】氏真はこれを知り、船で脱出し浜松に逃れた。家康はこれをねんごろに待遇して居館を造営している。
 今川氏真は、武蔵品川で家屋敷を与えられ高家として幕府に仕えていたが、慶長十九年(一六一四)十二月二十八日死亡した。七十七歳。牛込万昌院に葬られ、寛文二年(一六六二)井草村(東京都杉並区今川町)観泉寺に改葬されている。孫直房(のち範英)が家を嗣いだ。