水車の企業化

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 第五に牧田家の商活動の原動力として同家が立地条件を利用して水車の企業化に成功した点を指摘したい。水車の起原は不明であるが四代太兵衛(文久三年死去)の時期には最盛期を迎え花川(はながわ)や伊左地川(いさじがわ)(いずれも浜名湖ヘそそぐ)まで水車をかけている。水車稼ぎは油しぼりを主とするにいたってその企業価値を高めたのであった。そしてその原料の綿実は当地方の木綿作りの発達と無縁のものではなかったのである。
 こうして和地村に近い篠原村・富塚村・入野村・志都呂村にも牧田家と同じように商業に従事する農家が弘化ごろから幕末へかけて続出した(「舞坂宿問屋場永代控」『舞阪町史』史料編一。下表参照)。みな舞坂湊を利用したのである。
 
篠原村甚右衛門 惣太郎 十三郎 久次 林蔵 忠兵衛 繁吉 要太郎
源助 平蔵
富塚村善右衛門 七蔵 兵蔵 忠五郎 弥七 茂平 銀蔵 太吉 太平
又八 孫四郎 幸吉 喜久治 左右衛門
入野村又兵衛
志都呂村伝八 治右衛門
取扱品米 麦 大豆 そうめん 種胡摩 餅米 胡摩 油 魚油 胡摩油
酒 みりん 酢酒 溜り 塩 塩物 干鰯 干鱒 塩鰍 鰹節
あらめ こんぶ たつくり もずく 数の子 心天草 種粕 〆粕
酒粕 油粕 蠟 実綿 木綿 麻 小倉帯地 琉球表 石灰 瀬田灰
あい玉 空貝 椎茸 大島砂糖