井上氏所替

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 伊場村庄屋岡部次郎左衛門の手記によると、城主井上河内守正甫(まさもと)が棚倉へ移封し水野左近将監忠邦の浜松転封を代官中野新兵衛の触書で知ったのは九月十七日であった。そこで十八日在方庄屋一同は早朝から浜松伝馬町信濃屋方に集合して井上家所替取り止めの懇願を議決し、二十二日に金折村市野右衛門・新橋村銀左衛門・高畑村源右衛門・渡瀬村源左衛門・佐浜村庄左衛門・中平松村平左衛門が代表として江戸表へ出発した。このとき町方庄屋一同も同一歩調をとることとなり旅籠町問屋庄屋兼帯甚兵衛・七軒町庄屋治左平の両人も同行した。しかしその運動は功を奏せず寺社奉行より「此度之義は容易ならざる事に付」ということで、その願いは却下された。