議定内容

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 議定内容の第二には、一般農民の代表たちが、訴訟に要した費用は、建金(内容不明であるが)利足をもってまかなうこと。第三には、将軍の長州再征進発に関する金より、弐両三分弐朱を紛争によって迷惑をかけた馬士や子供・下男・下女にいたるまで分配すること、助郷惣代庄屋九人に金四両与えること。第四には、助郷舁金から二十九両二分支出し、うち二十両は今回の訴訟で出府した助郷惣代庄屋五人に、同じく六両は助郷惣代庄屋三人に、同じく三両弐分は、留守居の惣代庄屋七人に謝礼としてはらうこと。第五に銭百貫文を問屋帳付に謝礼すること。第六に一両余計算違いであまりがでたが、これを諸入用に加えること、また弐千石につき一人の割合で一般農民の代表を出し、人馬遣方や助郷惣代庄屋の勤務状況を監視すること。第七に一般農民は人馬割に協力し、遅参しないこと。第八に人馬割は村高にてらして、平均に人馬を提供するように割りあてること。第九に会所の舁役は五十文高のこと。第十に一般農民が人足として問屋場に弁当をもって詰めておれば、荷物を運ばなくてもそれだけで歩合の銭をくれること。第十一には、年に盆と暮の二度、人馬や諸入用の整理取調べにあたって、これまでのとおり五人立ちあい、疑惑のないように努力することが、一般農民の代表と助郷惣代の庄屋たちとの間に約束されたのである。
 この場合、第一の最大の難問題である一般農民の新川掘立ての協力が決まったのは、以上のような経過で、第二以下の取りきめが実現することによっていたといってよいであろう。一般農民の新川掘立てへの協力は、社会の発展を積極的にすすめるものであり、下男・下女・馬士・子供などにいたる、もっとも弱い立場にあるものも補償を得たばかりでなく、第六・第八・第九・第十・第十一など、いくつかの有利な条件を獲得したことは、たとえ処罰される者がでたにせよ、民主化を一歩すすめたものであったといってよい。こうした農民たちの協力によって、新運河が開鑿(かいさく)され、浜松地方の商品生産・商品流通はいっそうさかんとなり、藩財政の建てなおしもはかられていったのである。