井上藩は藩兵の主力を甲府に、一部を気賀関所と江戸に置いたほか、浜松にも有事にそなえ、若干の兵力をおいていた。浜松は東海道の要地であるから、賊軍の来襲も予想される、その時は近隣の旧旗本らを指揮して奮戦すべし、と閏四月大総督府より命ぜられてもいたから、若干の銃隊を備えていたことであろう。甲府に井上藩兵が投入されていた六月二日、四条侍従の護送のため撰兵隊・壮兵隊あわせて七十余名の藩兵が出動している。これは国元浜松の部隊であった。これらが戊辰の内乱にあたって浜松井上藩の動かした藩兵のほとんどすべてと思われるが、これでみると浜松藩銃隊の兵力、さきに申告した出動可能の兵力、四百数十名とほぼ符合し、井上藩の兵力の大概が理解できる。