石塚竜麿

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 石塚竜麿は敷智郡細田村(当市協和町)石塚司馬右衛門家の二男として明和元年(一七六四)に生まれ、天明六年二十三歳のとき真竜に入門し、寛政元年二十六歳で山下政彦・小国重年とともに鈴屋に入門、文政六年(一八二三)六月十三日六十歳でその生涯を閉じるまで、強い意志と師を敬慕する純情とによってよく研鑚し、まれにみる国学者・国語学者となった。彼の学問はまず上代特殊仮名遣音韻研究である。【古言清濁考 仮字遣奥能山路】また『古言清濁考』三巻と『仮字遣奥能山路(かなづかいおくのやまみち)』三巻は、師宣長の古事記伝総論の仮字のことを手がかりとして研究したものである。『日本霊異記』の竜麿の訓読本がいま浜松市立図書館の高林文庫に所蔵されている。古今六帖の研究には『校註古今六帖』があり、歌論の研究には『真葛葉』においての短歌の倒置法に着眼した歌格研究や、真渕を継承した説を立てたものがある。また万葉研究には『万葉集標注』『万葉集中種々考』があり、歌集『槇舎集』には短歌五百二十六首が撰ばれ、『石塚竜麿歌集』(昭和五年小山正輯)には長歌八百六十首が載せられている。このなかには、
 「引佐江のほり江の浦にあまを舟ここだよりくも波立ちぬらし」
 
のような、郷土を詠んだ万葉調の歌を残している。そのほか『鈴屋大人都日記』『手間の関』『冬のうら風』『うみ松』などの日記・紀行文がある。

石塚竜麿筆懐紙(浜松市鴨江 渥美静一氏蔵)