夏目甕麿

521 ~ 522 / 686ページ
 夏目甕麿(なつめみかまろ)は明和五年(一七六八)に生まれ、幼名を小八郎といい、白須賀(浜名郡湖西町)の酒造家であり、庄屋の家筋である富豪の家に生まれ、はじめ内山真竜に入門し、のち寛政十年(一七九八)宣長に入門、春庭にも教えをうけている。【出版事業】彼は国学の興隆を念願し、苦心して郷土人の国学書の出版事業を行なった。これには真渕の『万葉集遠江歌考』、石塚竜麿の『鈴屋大人都日記』、栗田高伴の『万葉一句類語抄』、服部菅雄の『篠家文集』などがある。印刷技術の稚拙な時代であったため、この出版事業は半ば成功したにすぎなかった。(その版木はいま浜名郡湖西町白須賀の蔵法寺所蔵)また甕麿はそのほか多くの事業を行なったため、多額の負債を背負い、ついに破産の悲運に逢い、文政四年(一八二一)二月には郷里を去って、摂津国川辺郡昆陽(こや)(伊丹市)の里に住み、翌五年五月五日、草庵に近い池で不慮の死をとげたと伝えられている。享年五十五。【古野の若菜】彼の主な著書に『古野(ふるの)の若菜(わかな)』があり、ほかに和歌詠草のための『万葉集摘草』がある。

万葉集遠江歌考版木(浜名郡湖西町 蔵法寺蔵)