目次
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近代編
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第二章 近代浜松の基礎
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第二節 殖産興業と地域の開発
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第三項 金原明善と治山治水
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天竜川の治水
[天竜川の治水]
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金原明善は天保三年(一八三二)六月七日(明治以前の記録には八月二十六日)、長上(ながかみ)郡安間(あんま)村(旗本松平筑後守正孝の知行所、当市安間町)に軌忠(久平)の子として生まれた。幼名を弥一郎、後に久右衛門または久平といい、少年時代に龍禅寺村の地蔵院(金光院の塔頭)の貫志和尚に学んだという。明治六年(一八七三)明善と改めた(『浜松市史二』)。
金原明善