目次
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近代編
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第二章 近代浜松の基礎
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第二節 殖産興業と地域の開発
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第三項 金原明善と治山治水
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天竜川の治水
復旧工事
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中泉代官をはじめ浜松藩・旗本知行所は扶食米を放出したりして救済に着手し、破堤個所も仮普請で急場をしのいだが、御東幸の時期も近づいたので、八月の初旬に政府から会計官権判事岡本健三郎・営繕司高石幸治が派遣されて、本格的復旧工事がはじまった。吉田裁判所はその費用は遠州に旧知行をもっている旧幕臣よりの調達金、寺院・素封家よりの献金又は借上金によって賄うよう命じた。その額はおよそ八万両であったという。このとき明善は堤防御用掛の一人として修理にあたり、八百両を寄付したという。