この決定は、天竜川を我らの川であるとする沿岸二百三十六か村民の歓ぶところであったが、明善の素志はいよいよ固く社の改組を行ない新職制のもとに社長(月俸三〇円)の位置につき社の強化をはかったのであった。【明善との対立】そうなると沿岸諸村よりも治河協力社へ村々の代表を加入さすべきであるという声があがったが、許諾すれば沿岸諸村の発言力が強まるのを危惧した明善はこれを拒否するにおよび、両者の対立は深まる一方であった。国や県は明善にこれを受諾するように勧告したが、明善はこれに耳をかさず紛争は長びくばかりであったが、ついに十八年一月治河協力社より身を引くことを県へ願い出た。