郷学校

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 郷学校とは、郷村を基盤とする一般子弟の教育機関で、その主なものに浜松郷学校・啓蒙社をはじめ内野郷学校・雄踏郷学校があった。【浜松】浜松郷学校は大庄屋杉浦彦惣らの尽力によって田町玄忠寺に設立され、教師に河野四郎・矢部暉・三宅均・藤川春龍・初山禅統(藤川・初山については『浜松市史二』参照)があった。【下堀】また啓蒙社は下堀村(安福寺)にあった。下堀村の竹山梅七郎らによって設けられ、はじめは吾憂社、ついで四教堂、三年に啓蒙社と称した。教師に志賀保固・久保田梁山・小粥権十・久保高堅(忠五郎、旧幕臣、維新の折浜松移住、明治十四年没、四十一歳)・福村卓・池田鎗三郎らがあった。【雄踏】雄踏郷学校は明治五年宇布見・山崎・東西人見・大久保・志都呂・入野を対象として創立した。幹事に馬渕金吾・内田震陵、教師に三宅均・赤尾憩があった。【内野】内野郷学校は明治三年内野村に同村外十一か村を範囲として創立、旧幕臣岩月鑑吉が教えた(『浜北のあゆみ』)。郷学校ではいずれも読書算筆の初歩の教授を主とし、『日本外史』『十八史略』などの漢籍が用いられたが『西洋事情』『学問ノスヽメ』など文明開化の教材をとりいれた啓蒙社のような例もあった。
 
(表)私塾
所在地塾主教育内容
浜松伝馬町●斎藤英吉手跡
浜松板屋町●久保田行哉
浜松利町●中村かう
浜松白山下●鈴木忠三郎
浜松鴨江小路●渡辺宗蔵
浜松名残●石川黙翁
浜松文喜●田中久太郎
浜松文喜●鈴木半蔵
浜松和地山●佐野直吉
浜松和地山●滝本直次郎
浜松和地山●滝本たけ
龍禅寺村●大石福太郎
浅田村●松井熊次郎手跡
安間村●高月佐一郎漢学
浜松高町間宮昌
●矢部暉
浜松池町大渕貞竜
浜松百軒長屋長唯蓮
浜松新町中村文方
浜松大堀鈴木一郎
浜松板屋町永田ふく
浜松田町市川安吉(不如学舎)
浜松早馬●長尾景福
新貝村辻義彰漢学
橋爪村山本〓雄和算,弓,茶,花
下堀村片岡伊六郎漢学
神ヶ谷村宮下竜軒
大久保村馬渕綾左衛門算筆,花,弓
大久保村次代馬儀作
志都呂村高部千別
和地村牧田伊兵衛漢学,剣術
呉松村宮本岩根
村櫛村袴田巽
篠原村池田祖廸

● 士族