人力車

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 浜松に初めて人力車の記録が現われるのは明治五年で(山本全木『橘陰詠草』に「本年始メテ浜松ニ人力車アリ」とある)、翌六年二月には浜松県内には百八十六輌の人力車があり(「浜松県一覧表」)、十年には浜松宿内に人力車渡世三、車夫稼一があった(第三項「士族と平民」参照)ところをみると、急速に普及していったようである。町のところどころには人力車溜があり、また客待ちの車も辻にたむろしていたものであった。しかし一般の利用には遠かった。