掛塚灯台

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 遠州灘では、その逆波に苦しんだ掛塚港(袖浦村駒場(こまば)に東西四四メートル、南北二二メートル、水深三メートル)の修築ができたのは明治十八年であった。旧幕臣荒井信敬(士族、明治四十四年没)が明治十三年私費をもって建造した木造高灯籠式灯台(改心灯といった)が、新式公認の掛塚燈台として落成したのは三十年三月であった(立石博『掛塚港』『ふるさと竜洋』)。