忠魂碑 招魂祭

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 忠魂碑が各町村又は大字(おおあざ)で建てられるようになるのは日清戦争後からで、ことに日露戦争後は戦没記念碑をかねた碑の建立が行なわれた。【五社神社】浜松町の記念碑は日露戦争後に五社神社の境内に建てられた。青銅の砲身の上に両翼をはった金色の鵄(とび)を置いた碑は、招魂祭(十一月二十三日の新嘗祭の日などに行われた)の中心であった(現在五社公園内にある。鵄でなく鳩になっている)。招魂祭は町の行事として学校生徒の奉納武芸大会や菊人形展があったりしてにぎわった。