浜名納豆

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 【大福寺】浜名納豆 浜名湖岸大福寺(浜名郡 現在引佐郡三ケ日町)で古くから製造。豊臣秀吉征韓の役には納唐の名をもって秀吉に献じ大いに嘉賞されたという。家康浜松在城時代より進献、以後年々幕府に献進してきたという。
 浜名納豆を商品としたのは浜松成子町の∧や(やまや)こと鈴木五郎作(安政二年九月白羽村生、昭和五年六月没、七十六歳)で、これを駅売としてからその名も高まり、製造者も数軒あるにいたった。ただ大福寺納豆には山椒(さんしょう)を入れるのに対し、生薑(しょうが)を用いているのが異る点で、大正末期に生産額約五百石、価額二万三千円に達している。