目次
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第三章 町制の施行と浜松町の発展
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第四節 社会と交通
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第二項 道路改良
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駅へ集まる市内道路
新川橋
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つぎに橋梁であるが、駅前新道の新川(法雲寺付近の字名を新堂と称し、新川の名はこれによって生じたともいわれる)に新しく橋が架せられることになり、これを新川橋といった。幅三間の黒塗の木造橋であったが、明治二十四年に幅六間に拡げ二倍とした。そののち車道と人道との別がある橋が架けられると、浜松の玄関にふさわしい景観といわれた。そのころは新川も水がきれいで魚の影が見られたという。新川橋は前後五回に亘って架替が行なわれ、幅も四十メートル近くなった。【柳並木】そして橋のたもとには風致木として柳の植樹も行なわれた。四十四年十二月の架替落成式には名残町の田中新平家の三夫婦が渡り初めをしている。
田町新道
新川橋
[図]