【四十三年】四十三年八月には四日間(七日~一〇日)で浜松の降水量六百四十三ミリメートルに達し、馬込川・新川が氾濫し、いわゆる「下町(したまち)」方面全域(馬込・新・板屋・田・下垂・常盤・元目・池・早馬・八幡地・後道・浜松八幡地)の出水となり、床上浸水千三百三十九戸、床下千二百三十八戸、浸水耕地二百十九町歩(田一五五町歩、畑六四町歩)に及んだ。浜松町役場では九日夜より十一日の朝まで浜松尋常高等小学校に炊事場を仮設し、堀留会社から舟三艘を借りうけ、握り飯・香の物・湯茶を各戸に配給した。しかし風害のすくなかったのがなによりであった。