浜商の父

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 【秋葉の森】三十六年十月に三組町(秋葉神社北)に新校舎が落成し移転した。総坪数二千余坪、総建坪三百三十三坪余。秋葉神社の森を背景に閑静で勉学に恵まれた環境であった。上棟の日には市中を提灯行列したという。三十六年第一回卒業生四名、組織も乙種から甲乙二種に変更、四十一年より予科本科定員三百五十名と改正した。在学生の大部分は浜松をふくむ浜名郡出身で、大正三年の卒業生状況調によると、その四十五%は自家営業であった。こうして明日の浜松の実業界を担う数多くの人材が育っていったのであった。【小原右馬允】校長小原右馬允(広島県出身、当市高町)は明治三十四年より大正九年まで二十年の長い間在勤し、浜商の父として敬慕された。昭和十一年十月新校舎が成って移転した。現在の文丘町の静岡県立浜松商業高等学校である。