望月雲荘

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 異色の画家に望月雲荘・大矢米年・田能村真紅・小林清親があった。雲荘は旧幕臣で明治二年三方原へ移住(屋敷は一四四番で坪数三〇〇坪、一四一番に三〇〇坪、ほかに四七番に一反九畝二〇歩所有)、その後一時は田町の蓮池付近にもいたという。水墨画が巧みであった。田能村真紅は田能村直入門の女流画家で明治の中ごろ浜松田町の玄忠寺境内に住み、直入も訪れることがあったという。