大字制度 新町名

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 地籍整理も都市計画実施のために欠かせない事業であった。行政区としての大字制度は明治二十二年二月浜松が町制施行(県令第十九号)のさいに定められ、隣接町村の編入や合併後も依然として大字制度を襲用してきたのであるが、地籍からみると大字といっても必ずしも一か所にのみ集中してあるわけではなく、各所に散在していたりしてその境界が頗る錯雑し実際に不便の点がすくなくなかった。ここにおいて市は地籍整理の急務なのを認め、或は接続大字に編入し、或は廃止分合をして、実際の生活に適合するものに改めようと計画し、大正十一年地籍整理調査委員を設け十四年五月一日より実施、大字の名をなるべく残し、これを町名をもって呼ぶことにした。しかし新しくできた町名もあるが、尾張町(おわりちょう)(大字下垂の改称)・千歳町(ちとせちょう)(大字後道の改称)・旭町(あさひちょう)(通称八幡地)・寺島町(てらじまちょう)(大字浜松寺島の改称)・北寺島町(きたてらじまちょう)(通称寺島)・砂山町(すなやまちょう)(大字浜松八幡地の改称)・元目町(げんもくちょう)(大字元城の内の元目)・中山町(なかやまちょう)(中山は小字名)・東伊場町(ひがしいばちょう)(大字伊場の改称)・西伊場町(にしいばちょう)(通称伊場西)・森田町(もりたちょう)(大字伊場のうちの森田)・広沢町(ひろさわちょう)(大字浜松沢の改称)・追分町(おいわけちょう)(大字両追分の改称)・亀山町(かめやまちょう)(大字元名残の改称)・元浜町(もとはまちょう)(野口の改称)・山下町(やましたちょう)・馬込町(まごめちょう)(大字馬込のうちの北馬込の改称)・松江町(まつえちょう)(大字馬込のうちの本馬込の改称)・船越町(ふなこしちょう)(大字船越一色の改称)・木戸町(きどちょう)(大字馬込のうちの通称木戸)・相生町(あいおいちょう)(大字向宿のうちの通称相生)・領家町(りょうけまち)(大字馬領家の改称)・名塚町(なづかちょう)(元の大字名切・塚越の合併)などのように昔からの町名のように信じられて現在も親しまれている町名が多い。その概要は三五四・三五五頁表のとおりである。
 都市計画の進展に伴う町村合併・地籍整理・耕地整理・上水道敷設等の計画は、その一部は昭和恐慌につづく戦争のために実現が遅れたりはしたが、浜松百年の大計を樹立するための根幹をなすものであった。
 
(表)大字の廃置分合及び大字名改称の概要
町名改称又は新設従前の大字名他から編入した個所他の町へ編入した個所
船越町ふなこしちょう改称船越一色野口の一部一部を野口・木戸・佐藤の各町へ編入
馬込町まごめちょう(北馬込)田・八幡の各一部一部を東田・板屋・寺島・木戸・佐藤・龍禅寺・北寺島の各町へ編入
松江町まつえちょう馬込新・板屋・浜松寺島・浜松八幡地・肴・紺屋・伝馬の各一部一部を東田・新・板屋の各町へ編入
東田町ひがしたまち新設田・北馬込・本馬込・八幡・常盤の各一部
新町しんまち町をつける本馬込・田の一部一部を松江・板屋・北寺島の各町へ編入
板屋町いたやまち板屋本馬込・北馬込・伝馬・肴・新の各一部一部を松江町へ編入
田町たまち常盤・鍛冶の各一部一部を馬込・東田・新・肴・北田・尾張・早馬・常盤・八幡・元浜・山下の各町へ編入
鍛冶町かじまち鍛冶後道・伝馬・海老塚の各一部一部を田・旭・砂山・栄・千歳・海老塚の各町へ編入
旭町あさひちょう新設(八幡地)伝馬・鍛冶の各一部
砂山町すなやまちょう改称浜松八幡地海老塚・鍛冶・連尺・浜松寺島・伝馬の各一部一部を松江・寺島・北寺島・海老塚を各町へ編入
寺島町てらじまちょう浜松寺島北馬込・浜松八幡地・龍禅寺の各一部一部を松江・砂山・龍禅寺・北寺島の各町へ編入
龍禅寺町りゅうぜんじまち町をつける龍禅寺北馬込・浜松寺島の各一部一部を寺島町へ編入
北寺島町きたてらじまちょう新設(寺島)北馬込・新・浜松寺島・浜松八幡地・肴・紺屋の各一部
肴町さかなまち町をつける田の一部一部を松江・板屋・北寺島の各町へ編入
神明町しんめいちょう神明
連尺町れんじゃくちょう連尺一部を砂山町へ編入
元城町もとしろちょう元城下池川・松城の各一部一部を元目・北田・山下・池・尾張・松城の各町へ編入
元目町げんもくちょう新設(元目)元城・下池川の各一部
北田町きたたまち田・元城・下垂・早馬の各一部
池町いけまち町をつける元城の一部
尾張町おわりちょう改称下垂田・元城の各一部一部を北田町へ編入
早馬町はやうまちょう町をつける早馬田・常盤の各一部一部を北田・常盤・八幡の各町へ編入
常盤町ときわちょう常盤田・早馬・八幡の各一部一部を東田・田・早馬・八幡の各町へ編入
野口町のぐちまち野口船越一色・八幡の各一部一部を山下・中沢・船越・八幡・元浜の各町へ編入
八幡町はちまんちょう八幡田・常盤・早馬・野口の各一部一部を常盤・野口・元浜・馬込・東田の各町へ編入
元浜町もとはまちょう新設田・野口・八幡の各一部
山下町やましたちょう野口・田・下池川・元城の各一部
中沢町なかざわまち町をつける中沢野口の一部
上池川町かみいけがわまち上池川名残・高林・両追分の各一部一部を下池川・亀山・名残の各町へ編入
下池川町しもいけがわまち下池川松城・上池川の各一部一部を元城・元目・山下・亀山の各町へ編入
紺屋町こんやまち紺屋高・利の各一部一部を松江・北寺島・松城の各町へ編入
利町とぎまち栄の一部一部を紺屋・中山の各町へ編入
大工町だいくまち大工一部を元魚町へ編入
栄町さかえちょう町をつける元魚・三組・鍛冶の各一部一部を利・元魚の各町へ編入
中山町なかやまちょう新設利・東鴨江・三組の各一部
三組町みくみちょう町をつける三組東鴨江の一部一部を栄・中山・高の各町へ編入
高町たかまち松城・元城・三組の各一部一部を紺屋町へ編入
松城町まつしろちょう松城紺屋・元城の各一部一部を元城・下池川・高・亀山の各町へ編入
亀山町かめやまちょう改称元名残名残・松城・上池川・下池川の各一部
名残町なごりまち町をつける名残上池川の一部一部を上池川・亀山の各町へ編入
追分町おいわけちょう改称両追分一部を上池川・和地山の各町へ編入
広沢町ひろさわちょう浜松沢
和地山町わじやまちょう町をつける和地山両追分・和合の各一部
和合和地山町へ編入
伝馬町てんまちょう伝馬旅籠の一部一部を松江・板屋・鍛冶・旭・砂山・千歳の各町へ編入
千歳町ちとせちょう改称後道鍛冶・伝馬・旅籠・海老塚の各一部一部を鍛冶町へ編入
平田町なめだまち町をつける平田旅籠・海老塚の各一部
旅籠町はたごまち旅籠元魚の一部一部を伝馬・千歳・平田の各町へ編入
塩町しおまち海老塚の一部一部を成子・元魚の各町へ編入
成子町なるこまち成子塩・菅原・東鴨江・海老塚の各一部一部を菅原町へ編入
元魚町もとうおちょう元魚大工・栄・塩・東鴨江の各一部一部を栄・旅籠の各町へ編入
菅原町すがわらちょう菅原成子・東鴨江・伊場の各一部一部を成子町へ編入
鴨江町かもえまち改称東鴨江一部を海老塚・東伊場・西伊場・中山・三組・成子・元魚・菅原の各町へ編入
東伊場町ひがしいばちょう伊場東鴨江の一部一部を菅原・西伊場・森田の各町へ編入
西伊場町にしいばちょう新設(伊場西)東鴨江・伊場の一部
森田町もりたちょう伊場・浅田の各一部
海老塚町えびつかちょう町をつける海老塚浅田・浜松八幡地・東鴨江・鍛冶の各一部一部を鍛冶・砂山・千歳・平田・塩・成子の各町へ編入
浅田町あさだちょう浅田一部を森田・海老塚の各町へ編入
木戸町きどちょう新設(木戸)馬込(馬込川東全部)・向宿・上中島・船越一色の各一部
相生町あいおいちょう(相生)向宿・上中島の各一部
佐藤町さとうまち改称佐藤一色福地・馬込・船越一色の各一部
天神町てんじんまち天神町佐藤一色・向宿・福地の各一部一部を福地町へ編入
(新栄)佐藤一色の地籍であるが天神町へ編入
福地町ふくじまち町をつける福地向宿・天神町の各一部一部を佐藤・天神町の各町へ編入
向宿町むこうじゅくまち向宿上中島・馬領家の各一部一部を木戸・相生・福地・天神・領家の各町へ編入
中島町なかじまちょう改称上中島一部を木戸・相生・向宿・領家の各町へ編入
領家町りょうけまち馬領家上中島・向宿の各一部一部を向宿町へ編入
名塚町なづかちょう名切・塚塚

計 66か町,大字56字 ( )内は行政の便宜上設けた区名 8行政区
(大正十五年発行『浜松市史』)