五月一日 浜松市における最初のメーデーである。殊に大労働争議といわれる日本楽器の紛争や、浜松名物の凧揚とかち合って浜松署では前日来、警官百五十名の増援を受け、メーデーの取締に努めた。参加人員は争議中の日本楽器男女工その他合計約三千余名で(中略)、会場は龍禅寺境内、午前九時頃各組合旗を先頭に、百名宛を一隊とし各班長組長を設け、二十余隊に分れて整列し、楽器会社女工一隊の健気な姿は殊に人目を惹(ひ)いた。【指揮三田村四郎】評議会の三田村四郎が総指揮官となりメーデーの意義を述べ、副指揮官の楽器争議団後藤兼太郎・評議会田中虎之助・同松葉清継等がかわるがわる立って挨拶した(中略)。最後に三田村指揮官は、行進中は酒を飲んだり棍棒などを持たない事、婦人の通行に遭った時などに喊声を挙げない事などの注意を与えて、九時半頃出発し、「日本労働組合評議会浜松合同労働組合第一班」と染め抜いた赤旗を先頭に「日本楽器争議団」「横暴なる資本家を膺懲せよ」「農民労働党に加盟せよ」「八時間労働制」「職工税の撤廃」などと筆太に記した白旗を掲げ、各隊の前後を四名の警官に護られつつ、メーデーの歌を高唱し乍ら行進した(以下略。五月二日付)。