東海道

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 東海道(国道一号線)もようやく松並木がすたれ、ことに市の西はずれは森田(安政年間に引佐郡井伊谷村出身の県藤七郎がときの藩主井上河内守の命を受けて開発したところ。毛利田は屯田の意という。大正十四年に町となった。)の市街化にともない伐採される個所もあり、むかしの面影は失なわれていった。【天竜川国道橋】昭和八年七月には天竜川に国道橋が架設せられ、十三年には馬込橋がはじめてコンクリート橋となった。