防空監視隊令によって県下の下田・沼津・静岡とともに浜松にも防空監視隊本部が設けられたのは十六年十二月であった。【浜松警察】これは十三年に防空法(十二年制定)により県下各地に設けられた防空監視哨が、浜松では浜松警察署に設置されていたのが(県下一連番号で第十三番浜松監視哨と称した)、機構改革によって改称されたものであった。遠江国全域を監視地域とし、御前崎・川崎・金谷・池新田・三倉・掛川・森・渋川・横須賀・豊浜・見付・掛塚・小野口・新津・舞阪・新居・三ケ日・気賀・二俣・竜山・山香・水窪・気多に分哨をおいた。【隊員 男子】監視隊長は浜松署の次席警部、副隊長には青年学校教練担当教官が任ぜられ、監視隊員は市内青年学校の男子生徒であった。一班を四十名とし五班より成り、一昼夜勤務で交代、情況は電話で中部軍司令部など各枢要方面へ報告するきまりであった。【女子】しかし戦局が悪化し男子が兵力増強に廻されると、十八年九月より二十五歳未満の未婚女子(二〇〇名)が動員され代って勤務することとなった。これら女子防空監視隊員は二十年五月十九日につづく六月十八日の空襲にも、職場をはなれることなく情報連絡に挺身し職務を全うしたのであった(『浜松警察の百年』)。
防空監視所(八幡町)