二月の空襲 三月の空襲

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 【南部工業地帯】二月へはいると南部工業地帯へ攻撃地点が移り出した。十日と十五日には砂山・寺島・海老塚方面に被害が出で、死者百名を超え焼失家屋も七百戸以上に及んだ。南国民学校も全焼し児童十五名が亡くなった。このころから防火も初期のうちならば効果があるが、拡がってしまってはバケツリレーによる注水、火叩き消火もほとんど無効とささやかれるようになった。【浜松基地】つづく十六日、十七日には艦載小型機の編隊が八十機、浜松の飛行基地・鈴木織機高塚工場等を襲撃した。基地の格納庫も浜松分廠整備工場も発動機工場も屋根がとび、航空灯台も用を足さなくなった。基地の重爆撃機もこのような際には長野県の飯田方面へ空中待避することになっていたが、速力が遅いので小型機に狙い撃ちにされ、火を噴きながら墜落するのを市民は歯ぎしりして口惜しがった。二俣線金指駅の西方にはこのとき自爆した重爆撃機搭乗員九名の慰霊塔がある。つづく二十五日には河合楽器本社をはじめ市の東部から南部(馬込・相生・海老塚・寺島・助信)へかけて爆弾・焼夷弾の混投攻撃があって死者五人を出した。敵機にそなえ高射砲陣地が天竜川右岸(天竜中学校付近)にあったが、高空をとぶ敵機にはとどかなかった。【防火帯】浜松市街の一部(砂山町と柳通り)では防火帯を設置するために家屋の取壊しがはじまり、三月四日には東伊場町の東洋紡績工場女子寮、その他日本無線等に被害が出て死者八名を出した。三月一日には食糧営団も三組町秋葉神社側の洋裁学院内に移った。
 
(表)B29部隊浜松地区爆撃状況

(西暦)
爆撃
機数
高性能爆弾焼夷弾破砕性爆弾総トン数備考
数量
(発)
トン数数量
(発)
トン数数量
(発)
トン数
19441127321613410浜松都市地域
・破壊地域
 2.97平方マイル
・破壊
 全市 70%
・破壊
 計画 162.6%
121211533
1711033
2111133
1945129118209222
86601616
1311033
1821233
262164826
2 922444
1411761856725
24111021292527
339922512328
1114077
4297916554144414
5182725944148661486
2311511010
2532381919
2821241010
681366
92421010
171303614460912912
211477
255823131
712112255
28122588
811367
55980742034156921049923078

(「日本本土爆撃詳報」『東京大空襲・戦災誌第3巻』)