【敵軍上陸 陣地構築】疎開でほとんど人のいなくなった焼け跡の静かさは格別で、夜が明けると近在に駐屯する軍隊(国民学校などの教室や講堂を仮兵舎としていた)の平素聞こえなかったラッパが遠くから聞こえ、昼間は遠州灘の防風林の堤防とか天竜川などの堤防とかおよそ防禦地点となりそうな地点では、草鞋履に竹筒の水筒を腰に提げ剣も銃も持たぬ若い兵士たちが汗をたらし鶴嘴(つるはし)をふるって陣地の構築を急いでいた。すでに浜松も銃後でなく、遠州灘付近へ敵軍上陸の危惧(きぐ)は十分であった。
浜松も戦場