一刻も早い復興を願う浜松市は昭和二十年九月に十六名の復興計画調査委員を委嘱し、その第一回会合を同月二十日に開催した。この委員には平野真一、岩崎豊、伊藤栄松、内藤惣一、木下半、大石力、井上啓一郎、岡部慎爾、中村達一郎、清川久二郎、坪井貞治(以上市会議員)、山根七郎治、神田次郎、平野繁太郎、大塚章司、伊賀正一(以上学識経験者)の諸氏が委嘱された。この第一回の会合を伝えた『静岡新聞』には「何等決定を見るに至らず結局各委員私案を持ちよつて来る廿七日第二回委員会を開くことになつた」とあり、〝船頭多くして船山に登る〟の感が強かった。