【戦災史調査資料】
浜松市の受けた空襲は、全国の中小地方都市の中では最も激しいものと言って過言ではない。浜松市はこの甚大な戦災の記録を後世に残し、さらに戦災復興にも役立てようと戦災史の調査に乗り出した。昭和二十一年七月三日付の『静岡新聞』は「市では戦災復興資料作成のため、近く一斉に会社、工場等を含む市内全世帯につき、細部にわたる調査を行ふ」と報道した。翌月に市は時浜松市戦災史編纂部を設置して市内の学校や官公署、企業などに詳細な報告を求めた。編纂部ではこれを収集して「戦災史調査資料」をまとめたが、予算不足のためか刊行されることはなかった。その後、この資料の一部は『浜松市史』三に取り上げられたが、膨大な調査資料の公開は平成七年以降に刊行された『浜松市戦災史資料』全四巻まで待たなければならなかった。この刊行により浜松の空襲の実態やその対応策をはじめ、配給、防空訓練、防空施設、資源回収、疎開、人口、引き揚げ、戦後の行幸など、今まで知られていなかった事柄が明らかになった。