[警察官への訓告]

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 昭和二十年八月十五日の玉音放送の後、午後四時三十分、静岡県警察部は県下各警察署に対し、電話で「停戦後警察官ノ任務並ニ心構ヘニ付テ」と題して八点を訓達した。それは今後予想される治安上かつてない難局に対して、警察官としての任務達成に万全を期すべきことを述べている。敗戦は国民に大きなショックとなったが、警察官は常に国民の先頭に立ち、ただ戦争に勝つことだけを目標にして全力を傾注してきただけに、動揺は一層深刻であった。治安を預かる警察は瞬時も虚脱状態でいることは許されなかった。それを受けて、翌十六日三島署では、署長が当面の警察活動の指針(一 言動戒慎、一致結束。三 攪乱分子ノ早期取締。五 民心ノ安定ト道義アル警察務執行等六点)を指示しており(『静岡県警察史』下巻 五七三~五七五頁)、ほかの警察署でも同様な措置が取られたものと思われる。
 これとは別に、八月十七日全国の警察を統轄していた内務省の警保局警保局長から各府県警察部に「大東亞戦争ノ終結ニ伴フ警察官吏ノ心構ニ関スル件」と題する通牒が出され、敗戦によって精神的な打撃を受けた警察官に、戦後の治安確保に万全を期するよう奮起を促した。(『静岡県警察史』下巻 五七六頁)。
 こうしたなか、連合国軍のわが国本土進駐準備が進められ、今度は警察官は逆に進駐軍の警備に当たることになり、それに不満を抱く者も少なくなかった。そこで、八月二十三日内務省警保局警務課長から各府県警察部長あてに「警備警察官ノ心得ニ関スル件」と題する通牒が出された。これは進駐軍の警備に当たる警察官に行き過ぎがないように配慮して作成された。また、そのころ内務省警保局から部外秘文書「警察官諸君に与ふ」が全国の警察に配布されたが、そこでは進駐軍警備の重要性を説き、そのために警備に当たる警察官の奮起を促していた(『静岡県警察史』下巻 五八一~五八三頁)。この文書は、運送の確実性を図るため九月一日東京で開催の全国警務課長会議に出席した警務課長に託し持ち帰ってもらったと言われる(『浜松警察の百年』四九〇~四九三頁)。