[賭博の流行]

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【賭博】
 賭博は戦前もあちこちで行われていたが、敗戦後も賭博で検挙された記事は散見される。昭和二十一年九月六日浜松署員は追分町某宅倉庫に踏み込み、花札賭博を開帳中の八名を現行犯で検挙した。これは、前々から倉庫で連日にわたり数十人が集まって花札賭博を開帳しているという投書がきっかけであった(『静岡新聞』昭和二十一年九月八日付)。また、同二十二年三月三十日の記事に砂山町某は田町の商家から衣類(二十七点、三万五千円)を盗み、賭博に入れ揚げたとして検挙されたとある。
 昭和二十二年六月八日の『静岡新聞』には、やみ関連の成金たちの間で料亭を舞台とした賭博が流行し、そうした風潮は彼等の子弟や新円景気に沸く農漁村の少年にも浸透して、学校を休み賭博にふけっている者もいたと出ている。