【浜松乱闘事件】
昭和二十三年四月四日・五日の両夜、鍛冶町・千歳町・大工町・伝馬町等繁華街の中心で、元小野組関係者と在日朝鮮人との間でピストルを撃ち合う事件が起こった(『静岡県史』資料編 21)。
【小野近義】
この抗争事件は、ダンスパーティの開催をめぐるトラブルから、千歳町にあった小野近義の経営する喫茶店を朝鮮人が襲撃したことが発端となった。元小野組の側は、県下ならびに近在から香具師(やし)連合の応援を得て、二百人ほどが朝鮮人経営の田町明月旅館・旭町国際マーケット(各種の商店・喫茶店等があった)へ次々と殴り込みをかけた。朝鮮人の側も各地の朝鮮人二百人ほどが応援として浜松に潜入していた。事件の様子は、『静岡新聞』(昭和二十三年四月六日付)の見出しでは「拳銃と日本刀で乱闘 血の雨降る浜松」として、抗争の凄まじさを伝える。また、事件発生以来六日までの死傷者は、死者三名、負傷者十六名を出したと報じている(『静岡新聞』昭和二十三年四月八日付)。
当時小野近義は組を解散して、露天商組合を組織し、小野興行社社長の傍ら、県会議員を務めていた。事件の背景には両者の間に縄張り争いがあり、前年九月より両者の対立が表面化していた。
【浜松市警察署】
浜松市警察署は、国家地方警察の浜名地区警察署をはじめ県内各署から応援を求め、さらには岐阜軍政部から米軍部隊も投入された。この事件は施行されたばかりの新警察制度を再検討する契機となった。国会でも治安維持のため警察の武装強化の必要性、国家地方警察と自治体警察間の緊急支援の問題が論議されているが、それだけでなく自治体警察が小野近義(当時、県議会議員・元小野組組長)のような地域の有力者と結び付いていたことも指摘された(『静岡県史』通史編6 四八五~四八八頁、『浜松警察の百年』四一九~四二一頁)。