[社会教育と公民館]

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【社会教育 ケーズ 公民館】
 『米国教育使節団報告書』には成人教育についての章が設けられ、図書館や博物館の設置についての提案があった。これを受けて教育刷新委員会は昭和二十二年(一九四七)七月の第五回建議で、公民館・図書館・博物館・美術工芸館等の社会教育施設の整備を求めた。以後、たびたび社会教育振興の建議をしている。静岡県は昭和二十二年六月に西遠高等女学校で社会教育研究大会を開催、軍政部のケーズが社会教育の目標などの講演を行った。この大会には会場に入り切れないほど青年や婦人、公民館関係者はもちろん、学校関係者も押し掛け、社会教育振興熱は盛り上がった。これを機に、県は青少年や母親、一般成人を対象にその地の特色を生かした様々な社会教育が行われることを期待して、浜名郡積志村や引佐郡都田村など、県下十三町村を指定した。公民館建設の動きはこれらよりかなり早い昭和二十二年三月ごろで、積志・吉野・村櫛・神久呂などの各村が建設計画を持っていた。特に、村櫛村は熱心で、なんと昭和二十二年三月一日には役場の一角に公民館を設置、事務兼図書室とした。ただ、浜松市をはじめ、多くの町村では小・中学校の建設に追われて公民館の建設は遅れ、中ノ町村・都田村などの公民館は昭和二十年代後半になって開館を迎えることになる。