[市内中心部の被害甚大]

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【遠州鉄道二俣電車線 戦災被害】
 遠州鉄道二俣電車線の施設は、昭和二十年(一九四五)二月一日を最初に合計十一回の空襲を受けた。特に、六月十八日の浜松大空襲と七月二十九日~三十日の艦砲射撃は、市内中心部の鉄道施設に致命的な打撃を与えた。結果として本社ビル一階の旭町駅と遠州馬込駅、遠州浜松駅は焼失(全壊)、旭町駅─遠州浜松駅間は線路の破損、架線や通信線の断線・焼損などで列車運転が不可能となった。罹災車両は貨車十両に上った。こうして、昭和十九年下期に二十九両だった実動車両数は、戦後はボギー電動客車七両、四輪付随客車七両をはじめとする二十七両で出発することになった。