[保育所の開設]

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【保育所 海老塚保育園 馬込保育園 瑞雲保育所 浜松児童福祉園】
 終戦後、多くの戦争未亡人や未帰還者の妻たちは乳幼児を抱えていても生活のために働かなければならなかった。浜松には、大正十三年(一九二四)十月に海老塚町に、同十五年十二月に下池川町に、昭和三年(一九二八)に馬込町に市立の託児所が開設された。年齢は六歳以下で、日の出から日没まで預かって保育し、昼食や間食も給与していた。なお、昭和六年に保育園と改称した。
 昭和二十三年一月に施行された児童福祉法により、これらの働く女性の抱える乳幼児のための児童福祉施設として保育所が設けられることになった。公的な責任で保育所が開設され、保護者が病気や労働などの理由で保育が出来ない時に保護者の委託を受けて乳幼児を保育することとなった。浜松市では昭和二十四年六月二十一日に海老塚保育園が、続いて同二十六年六月一日に馬込保育園が開設された。昭和二十六年時点で、海老塚保育園は職員四名で収容人員は九十名、馬込保育園は職員四名、収容人員は五十四名であった。この二つの保育園は工場で働く女性が多く住んでいる地域にあった。なお、これ以後、次第に民間の保育園、保育所が出来るようになった。佐藤町の瑞雲寺境内に出来た瑞雲保育所と和地山町に出来た浜松児童福祉園は共に昭和二十七年十一月一日に開所している。