[職場感染と法律不全]

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【死の接吻】
 結核撲滅運動の推進が叫ばれても、市民生活の細部には依然として戦前の職場環境を引きずっている職域がある。その社会的な救済方法が新聞紙上に報ぜられた例がある。
 一つは、『静岡新聞』昭和二十四年四月二十一日付で「糸姫〝死の接吻〟」という標題で報ぜられた。戦後の労働関係法規は整備されたものの、紡織工場における年少者の深夜作業を指摘し、技術上の問題点としては、ヒ(杼・梭)の内に装備した糸巻きから糸を引き出すとき、直接口を付けて吸い出すので、その操作の時に結核菌に感染する原因となっていた。戦前のいわゆる女工哀史を想起させる作業手順であり、労働条件や技術革新の未熟な現状を示している(『新編史料編五』 七社会 史料77)。
 二つには、同新聞の昭和二十五年十二月十七日付で報ぜられた悲惨な状況は、結核患者を看護する家政婦が感染したのに、法的救済処置が取られなかったことである。すなわち、職業安定法に従って正規の手続きを踏んで病院に派遣された、日雇い労務者扱いの家政婦が感染した。それを労災保険はもとより傷害保険・休養手当・療養補償などが適用されない事態に陥った。しかも結核は法定伝染病ではないから治療費負担の対象から外れ、ベッド不足の状況から退院を迫られているというものである。