[近世と近代の母性]

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【山川菊栄 『武家の女性』】
 近世の母性観は「嫁して三年、子無きは去る」という言い方に象徴されるように、家督相続者である男子出産と養育を重視するものであった。近代では富国強兵の国家政策の下にあって欧米思想の啓蒙活動の影響を受けて、良妻賢母の思想が支配的となったが、母には親権が認められておらず、蓄妾制度が社会的に容認されていた。近代社会になっても近世の残滓(ざんし)を濃く残した家族制度の原点を衝いたのが、山川菊栄の『武家の女性』である。同書は昭和十八年(一九四三)、柳田国男編集による三国書房版「女性叢書」の一冊として刊行された(戦後、岩波文庫所収)。山川菊栄が民俗学研究に仮託して現代を論じたと思われる手法には、文体の構成や用語において、太平洋戦争に突入した時期の、出版や言論の国家統制を巧妙に避ける修辞が潜んでいるようにみえる。
 同書には封建時代の家族制度が、節度、忍耐、規律への服従という美徳を養ってきた一面と、親権乱用や妻の地位の不安定による家族生活の破壊という暗黒面をも伴ったことを指摘し、「社会的、民族的な見地から見て、健全な、望ましいものではなかった」から、「明治以来の社会の進歩は、日本の女性のため、かつ国民全体のために祝福されなければなりません」とまで言うのも右の一つであろう。