久野仙雨(本名=茂)の『浜松句碑めぐり』が刊行されたのは、昭和二十三年のことであったと推定される。奥付がないので正確な刊行年月日は不明だが、久野自身の序によってこの本成立のいきさつを知ることが出来る。浜松市内の句碑について、久野はすでに戦前において十数年をかけて調査研究し、原稿にまとめていた。それを、戦中の昭和十九年に、図書館の職員からの印刷物にしたいとの意向によって市立図書館に貸したところ、戦災のために灰燼に帰してしまった。終戦後の昭和二十二年、久野は市からの依頼で戦前や戦中、戦災直後の浜松の様子を詠んだ句集『句翩々』をまとめたが、この時、市から重ねての依頼を受けて再び取り組んだのが、この句碑めぐりの執筆であった(文中に、その調査準備が昭和二十年盛夏のこととあるのは昭和二十二年の誤りと思われる)。
内容は、大きく明治以前に建立された句碑と明治以後に建立された句碑に分けられ、市内の十四の社寺境内の句碑二十七基について解説を加えている。主な俳人は次の通りである。
芭蕉・堀川鼠来・松島十湖・正岡子規・高浜虚子・河東碧梧桐・内藤鳴雪・中塚一碧楼・加藤雪膓・久野仙雨・雪中庵蓼太
この著書は、三十頁ほどのささやかな本ではあるが、後に続く幾つかの郷土研究誌の先駆けをなすものであった。
前述の久野の句集『句翩々』は、浜松市立中央図書館に保存されているので少し触れておく。孔版印刷でB5判。目次と奥付を含めて十八頁。用紙はわら半紙に近く、両面刷り。久野の「はしがき」の日付は「昭和二十二年孟夏」となっている。孟夏とは六月のことである。なお、この集には、戦前・戦中・戦後の浜松の様子が実感を込めて詠まれており、平成八年に発行された『浜松市戦災史資料』二に収録された。参考までに句を引用しておく。久野の作品の多くは自由律である。
欠食児へ一握りやりたいチギレ雲が海にポツカリ(昭和二十一年九月)
生活不安を友と語る 配給のリンゴわけ合ひ(昭和二十一年冬)
危機弥生 龍河の如く 迫り来る(昭和二十二年一月二十九日)
図2-73 『浜松句碑めぐり』