[金融機関の拡充]

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 戦後、地域産業は短期間に復興を成し遂げ、急速に成長していった。地域産業の大多数を占める中小企業も生産拡大のための投資資金を必要とした。このような資金需要に応えていったのが、昭和二十五年に設立された浜松信用組合(二十六年十一月に浜松信用金庫と改称)であった(第二章参照)。
 
【浜松信用金庫】
 浜松信用金庫は地元の中小企業への融資を拡大し、支店も昭和二十六年からほぼ毎年一店舗ずつ新設していった。二十六年には東支店、二十七年には追分支店、二十八年には駅南支店、二十九年には西ケ崎支店、三十年には鷲津支店、三十一年には野口支店、三十三年には板屋町支店を次々に新設し、金融業務を拡大していった。
 
【浜名郡信用金庫 静岡県信用保証協会浜松支所 商工組合中央金庫浜松出張所 国民金融公庫浜松支所】
 浜松信用組合の発足から約一年後の昭和二十六年六月、農村部でも比較的商工業が盛んであった浜名郡中ノ町村に浜名郡信用組合が発足した。その後、浜名郡信用金庫と改称し、昭和二十七年には織物や商業が盛んであった笠井町にも支店を設置した。また、昭和二十四年には静岡県信用保証協会浜松支所、二十八年九月には商工組合中央金庫浜松出張所が、同年十一月には国民金融公庫(今の日本政策金融公庫)浜松支所が開設され、中小企業への融資体制が整い、地元中小企業の復興に寄与した。
 このような変化は、政府が従来採ってきた一県一行主義を修正し、昭和二十四年十一月に地方銀行の新設を認める方針転換が行われたからである。これにより地方銀行が新設され、さらに相互銀行や信用金庫が次々に新設されていった。昭和三十年代前半は、中小企業専門金融機関(相互銀行、信用金庫など)がシェアを拡大した時期で、普通銀行との競争が激しさを増していった時代であった。
 
表3-12 浜松市内の金融機関
昭和23年当時
開業していた銀行
昭和32年当時
開業していた金融機関
東海銀行浜松支店三和銀行浜松支店静岡銀行笠井支店
安田銀行浜松支店協和銀行浜松支店静岡銀行名残支店
静岡銀行浜松支店富士銀行浜松支店静岡銀行山下支店
日本勧業銀行浜松支店大和銀行浜松支店静岡銀行市野支店
協和銀行浜松支店日本勧業銀行浜松支店静岡銀行砂山支店
三和銀行浜松支店駿河銀行浜松支店静岡銀行板屋町支店
野村銀行浜松支店東海銀行浜松支店静岡銀行中野町支店
帝國銀行浜松詰所第一銀行浜松支店静岡銀行成子支店
静岡銀行相生支店清水銀行浜松支店静岡銀行相生支店
静岡銀行板屋町支店安田信託銀行浜松支店静岡銀行芳川支店
静岡銀行成子支店三菱信託銀行浜松支店浜松信用金庫本店
静岡銀行名残支店名古屋相互銀行浜松支店浜松信用金庫東支店
静岡銀行砂山支店日本相互銀行浜松支店浜松信用金庫追分支店
静岡銀行曳馬支店中部相互銀行浜松支店浜松信用金庫西ケ崎支店
静岡銀行富塚支店中央相互銀行浜松支店浜松信用金庫駅南支店
太洋相互銀行浜松支店浜松信用金庫野口支店
静岡銀行浜松支店浜名郡信用金庫本店
静岡銀行富塚支店浜名郡信用金庫笠井支店
出典:浜松銀行協会資料「雑書綴」、浜松市・浜名郡入野村「市村合併についての申請書」、『静岡銀行史』、『浜松信用金庫創立20周年誌』より作成