【『のびゆく浜松』小学校編】
これまで見てきたように、昭和二十年代には浜松市民の間に、敗戦を踏まえて様々な角度から様々な形で、郷土研究に取り組もうとする気運の盛り上がりが見られた。それはやがて、教育界にも及んでいった。その成果が『のびゆく浜松』小学校編(昭和三十年十二月二十日発行)と中学校編(昭和三十一年三月二十日発行)の二冊の発行であった。共に浜松市教育委員会内の郷土資料編集委員会による編集で、委員の顔触れはほとんどが市内の小中学校の現職の教員たちであった。小学校編と中学校編の「あとがき」によれば、まず昭和二十八年に小学校編が、続いて翌二十九年に中学校編の編集が企画され、それぞれ二年余りを費やしての完成であった。小学校編の表紙の裏に、時の教育長大軒精一は刊行の意図を次のように明確に記している。
これによって、浜松を中心とした郷土に対する児童の認識を深め、その生活の基盤としての浜松を理解させ、愛郷の心を培い、よりよいあすの浜松市民の育成を念願するものである。
二冊それぞれの内容、特徴等を簡単に記しておく。小学校編は、A5判・縦書き・一頁十三行、百七十三頁、文章は「です・ます」体、漢字仮名交じりで固有名詞にルビが施され、写真や挿絵・図表等も豊富である。教科書風の装丁で、「この本の使いかた」に、「小学校の社会科の参考になるようにかきました」とあって、高学年を対象に作成されたものと想像される。内容は次の七章から成る。
一、浜松のあゆみ 二、浜松の交通 三、名所めぐり 四、浜名湖
五、天竜川 六、郷土の産業 七、いろいろな役所や施設
各所に会話文・日記形式・作文形式を交え、読みやすいようにとの配慮が行き届いているが、巻末の年表は小学生向けというより一般向けとなっている。
【『のびゆく浜松』中学校編】
中学校編は、A5判・横書き・一頁二十六行、二百十頁。文章は「である」体、ルビは極めて少ない。写真や図表を含み、社会科の教科書風の装丁である。内容は次の五章から成る。
Ⅰ わたしたちの生活の基盤はどのように求められてきたか
Ⅱ わたしたちの生産生活はどのように豊かに発展してきたか
Ⅲ わたしたちの社会生活はどのように明かるく進んできたか
Ⅳ わたしたちの文化生活はどのように楽しくいとなまれてきたか
Ⅴ わたしたちの浜松は将来どのようにのびていくだろうか
それぞれの章の見出しは「わたしたち」で始まり、「どのように」の語を含み、生徒たちに郷土のことを自分たちのこととして問題意識を持ってとらえさせようとする配慮がうかがわれる。「あとがき」に、「本書が、浜松市勢に関する簡便な資料として、また郷土研究の手がかりとして、生徒ならびに一般市民の理解を深め、その心のよりどころとなり、豊かな文化のかおり高い生活をきずく、将来への希望の窓口ともなれば、まことに喜びにたえない。」とあって、一般市民をも対象としている点が注目される。
小学校編・中学校編共に、関係者の努力と熱意がしのばれ、ほかの市町村に誇り得る教育資料となった。二冊は、その後幾度かの改訂を経て、現在も学校現場で使われている。